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小林麻央の死去で母親の乳がん 遺伝に注目集まる!生存中は同居だったが今後は? [芸能]

乳がんで闘病中だった小林麻央さん(享年34)が22日夜、都内の自宅で死去したことが発表された。


翌23日午後2時35分、夫の市川海老蔵(39)が公演先の東京・渋谷のシアターコクーンで会見を行い、麻央さんが死去したことや、「愛してるといって、旅立ちました」と声を詰まらせながら語り、メディアの質疑応答に対応した。


16年6月に海老蔵が会見し、麻央さんが乳がん闘病中であることを発表してから約1年。麻央さんは9月1日にブログを開設し、闘病の様子や家族への思いをつづり、多くの人々の共感を与えていた。


9月20日のブログでは、実の母親が、乳がんを患っていたことを明かし、一部女性週刊誌で報じられたことから遺伝子検査を行ったことを公表した。


結果、麻央さんの乳がんは「遺伝性の乳がん」ではなかったことが判明。


乳がんは女性のがんの中で最も患者数の多い病気で、誰でも患う恐れがある。


麻央さんが乳がんで死去したことから、今一度「遺伝性の乳がん」に世間の注目が集まっているという。


そして、同じく乳がんを患った麻央さんの母親にも関心が寄せられているとか。


母親は闘病中の麻央さんと同居して、生存中には懸命な看病を続けていた。このことについて麻央さんは、たびたび感謝をブログにつづっていたのが思い出される。



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小林麻央の死去で母親の乳がん 遺伝に注目集まる



乳がんを患った小林麻央さんの闘病生活は、様々なことで多くの人々の共感を与えていた。


中でも病気の乳がんに関しては、麻央さんのブログをきっかけで診断に行った女性が多いという。


そして、麻央さんの死去から今注目されているのが「遺伝性の乳がん」だ。


9月20日のブログで麻央さんは、夫の海老蔵と結婚した頃、実の母親が、乳がんを患っていたと明かしていた。


すると、一部女性週刊誌などが麻央さんの乳がんは、母親の遺伝だと伝えたのである。


10月7日に麻央さんはブログで「遺伝子検査」と題した内容を掲載。「乳がんを経験していた母」が、「ずっと胸のうちで私(編注:麻央さんの母)のせいではないかと自分を責めていました」と告白したのだ。


麻央さん自身も、母親と同じような思いを抱いたらしく、娘の麗禾ちゃんのことを心配したという。


ブログには、「私は娘のことも、とても心配で私のせいで将来もし...と苦しい気持ちになりました」とつづられていた。


母親の乳がんを明かしたことで、麻央さんの乳がんが遺伝性だと一部で報じられたこともあり、「乳がん 卵巣がん症候群」の遺伝子検査を受けたところ、「遺伝性の乳がんではありませんでした」と、結果が陰性だったことも報告している。


さらには、もし「遺伝性の乳がん」だった場合、姉の小林麻耶アナにも、相当不安があったと思うとも触れていた。


現在、麻央さんの死去から「遺伝性の乳がん」が注目されているのは、やはり女性のがん患者数が増えているのと、「がんは遺伝する」といわれていることからだろう。


日本人女性の12人に1人がかかっているという乳がんは、年齢別に見ると、30代から増え始め、40代後半から50代前半でピークを迎えて、その後減少する。


乳がんにかかるリスクが高くなる要因は

1、初潮が早い=11歳以下

2、閉経が遅い=54歳以上

3、初産年齢が高い=30歳以上

4、妊娠・出産歴がない

5、授乳歴がない

6、祖母、親、子、姉妹に乳がんの人がいる

7、肥満度が高い(閉経後)

8、喫煙している

9、大量に飲酒する習慣がある

10、運動不足

以上の10項目のうち、当てはまる項目が多いほど高リスクとなる。



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小林麻央の母親は生存中 同居していたが今後どうなる?



小林麻央さんが海老蔵と結婚した当時、両親は、もういつ離婚してもおかしくない状況だと週刊誌に報じられた。


新潟県小千谷市に生まれ育った麻央さんは、幼い頃、姉と一緒に祖母の自宅で暮らしていたこともあったという。


東京に引っ越してからは、都内のマンションで母親と姉の3人で暮らしていたが、麻央さんはおばぁちゃん子でよく実家に戻ってきていたそうだ。


そして、父親だけは別のマンションで一人暮らし。父親の職業は信託銀行に勤めているとか、建築家などといわれているが、その真実は不明。


ただ幼少期から転勤族ということは知られた話で、今現在も別居しているのは本当のようである。


別居の理由は父親の不倫と週刊誌は報じているが、これも真相は分かっていない。


麻央さんのブログには父親のことがあまり出てこないが、「小さい頃、父親が姉と自分の写真を財布に入れてくれていたことがすごくうれしかった」とか、「手術する前に父親だけ泣いていた」などと書かれている。


この文章を見ていると、別居の理由が父親の不倫とは思えなく、単なる仕事の都合だけで別居しているように思うのだが・・・


一方、母親は麻央さんが乳がんを患ってから市川家で同居を開始。


死去する直前の20日につづられたブログには、『オレンジジュース』というタイトル記事で「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます。正確には自分では絞る力がないので、母が起きてきて、絞ってくれるのを心待ちにしています」と生存中に母親が同居していた事実が明かされている。


他にも母親と一緒に病院へ行った話や母親と一緒に泣いたことなど、これまでのブログにつづられ、麻央さんは母親に対して常に感謝の気持ちをあらわしていた。


ただ、生存中は同居して麻央さんの看病をしていたが、葬儀が終わってからはどうするのだろう。


残された2人の子供たちは海老蔵の母親が面倒を見るのか、それとも同居を解消してからも麻央さんの母親が面倒を見るのか。


おそらく以前のように姉と同居して、時間のある時に子供たちの面倒を見ることになるのではなかろうか。



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