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黛ジュンの不倫相手は誰?兄や元旦那と死別 大物とのスキャンダルとは? [テレビ]

4月7日放送の「爆報!THE フライデー」は歌手の黛ジュン(68)が登場。


黛ジュンといえば、兄は作曲家の三木たかし氏、元旦那は江藤勲氏だが、三木氏が2009年5月に、江藤氏とは2015年4月に死別している。


デビューから53年が経ち、2006年に発症した喉のアレルギーのため引退危機に立たされたが、現在復活。


そんな黛が芸能界最大級のスキャンダルを明かすという。



これまでに数々の浮名を流してきた黛ジュンは、2度の離婚、2度の婚約破棄、2度の不倫を経験。


かつて紅白歌手として活躍していた裏で、ある大物と驚きの愛人生活を送っていたということだが、はたしてその相手とは一体誰だったのか。


その真相が番組で明かされるのかに注目が集まる。



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黛ジュンの不倫相手は誰?



かつて2度の不倫を経験しているという黛ジュンだが、その相手とは一体誰だったのか。


現在の黛は独身で、過去2回の結婚、離婚を経験している。


1度目の結婚は1970年、ミュージシャンの江藤勲氏だった。しかし江藤氏のDVなどが原因となり、1973年離婚。一度芸能界を引退していたが、その後本格的に復帰する。


2回目の結婚は、ドラマーの石田秀雄氏とだったが1994年に離婚。2001年になって作詞家の里村龍一氏と婚約を発表するも、その2か月に婚約破棄。


原因は里村氏が知り合いのイタコに相談した際、「二人の相性が最悪。5年後には歌を辞めるように」と告げられたことがきっかけで、里村氏から婚約破棄を切り出されたという。


ここまで全てが音楽関係者とのスキャンダルだが、2度の不倫相手とは一体誰だったのか。


大物の愛人をしていたということなのだが、調べてみてもそのような情報があまりない。


黛ジュンは1964年に本名「渡辺順子」でデビューしたが、泣かず飛ばず。1967年に石原裕次郎氏の事務所「石原プロモーション」へ移籍してブレイクした。


移籍と同時に芸名を黛ジュンに改名。理由は当時、作曲家の黛敏郎氏のファンだったこともあって改名したのだという。


もしかして黛ジュンの不倫相手は石原裕次郎氏だったのか。黛がブレイクしたのは石原裕次郎氏が売り出したおかげ。


石原裕次郎氏がなかにし礼氏に作詞を頼んだり手回ししたのでブレイクしたといっても過言ではないのだ。


それともファンだったという黛敏郎氏が不倫相手だったのか、どちらにせよテレビで言える相手ではないと思うのだが。



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黛ジュン 兄や元旦那と死別 大物とのスキャンダルとは?



黛ジュンの兄は作曲家の三木たかし氏。


三木たかし氏は2009年5月11日、「下咽頭ガン」のため64歳の若さで亡くなっている。


黛ジュンの兄・三木氏は作曲家として数々のヒット曲を量産。特に70年代~80年代にかけては、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」やテレサ・テンの「つぐない」など、現在でも歌い継がれる曲を作った人物として語られる。


そして、元旦那の江藤勲氏とも2015年4月25日に死別。


江藤氏は元「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」のメンバー。虚血性心不全のため71歳で死去した。


結局、2006年に発症した喉のアレルギーも兄・三木たかし氏との死別などストレスが重なり悪化したといい、引退の危機まで陥ってしまった。


現在は回復して歌手活動を再開しているが、以前のようにパンチの効いた歌声は鳴りを潜めている。


一方、大物との不倫スキャンダルだが、確証はないが、元プロ野球選手で西武ライオンズの監督を務めた東尾修氏(66)の名前が挙がっている。


東尾修氏といえば、歌手・梓みちよ(73)との不倫が有名だが、黛ジュンとの関係もあったとかなかったとか。


番組で相手の名前は出さないだろうが、「野球監督」というキーワードが出されたら東尾修氏のことだと思ってよさそうだ。



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